当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。

推し活

お花畑な女たち

推し活におけるネットリテラシーを問う お花畑な女たち

私達はSNSをはじめとするインターネット上に画像(写真、動画などのデータ全般)を投稿する際、念頭に置かなくてはならないことがある。

それは、
「一度でも世に放った画像は、自分のコントロール下からは完全に離れる」
という点だ。

一度でもインターネットの波に乗せてしまったデータは
投稿主の意図に関係なく
手元から離れ、
目に見えぬところで第三者に使われてしまう恐れがある。

スマホの台頭によって、今は画像のスクリーンショットも動画の録画も、誰もが容易に出来るようになった。
それはとても便利で喜ばしいことだが、闇を助長する一端にもなっているといえよう。

顔も素性も知らぬ第三者の端末に保存され
彼、彼女らがそのデータをどのように使おうが
それが表に出てこない限り、私たちは知る由もないのだ。

手元で弄ばれるくらいならまだよかろう。
怖いのは本当の悪人の手に渡った時だ。

子供の画像について焦点を当て、具体例を挙げてみよう。

ある幼児に関する性癖を持つ者たちが愛好するサイトには、ネット上から拾い集めてきた様々な子供達の画像が存在する。
今は加工技術も進み、生成AIも進化したことから
子どもの画像を読み込ませ、口にするのも憚られるような画像を作り出すことは容易であろう。
それをどう大人たちが楽しもうが、一度広まってしまったデータを完全に世から消すことは困難だ。

また、SNSの投稿や返信には、投稿者の生活の断片が数多く存在する。
特定班、と呼ばれる人種がいるように
彼らにかかれば住所はおろか、子供が通う学校の特定も容易なことだ。

もしも保護者に資産があり、SNSから垣間見える生活からもそのことが分かり
特定班によって父親の会社も割り出され
子供の顔も学校もわかっていたらどうだろうか。
最悪の場合、誘拐され
金銭を要求されるだけならばまだしも
命の危機に晒されてしまうかもしれない。

大人は自己責任に置いて、投稿を楽しめばよいかもしれない。
例えそれで痛い目にあったとしても自業自得なのだから。

しかし、己には決定権のない、年端のいかない子供達はどうだろうか。
過去には子に承諾なく写真を載せていた保護者が、成長した子から訴えられたケースもあると聞く。
身内揉めで済めば平和なものだが、ネット社会には本物の悪人が無数におり、善人の皮を被ってそこらじゅうに潜んでいる。

ある投稿で、私は個人が特定出来るような画像を載せることは、悪人から弄ばれることを承知の上で投稿しているのだろう、と記述した。
身バレや悪質な弄りを裏でされるかもしれないという点も
当然了承済みで掲載しているのだろうと。

その意図は、最初に述べた
「一度でも世に放った画像は、自分のコントロール下からは完全に離れる」
この一文に尽きる。

文面を正確に読み取ってもらえれば分かると思うが
これは例えなのだ。

より分かりやすく言えば、火種がなければ火事は起こらない。
あなたがその画像を始めとする個人情報を投稿すれば凡ゆるリスクが付いて回ることになるが、
投稿しなければそれらのリスクは0だ。

そう、投稿主にはそれらを選び取る選択権がある。
やめることも出来るのに、あえて投稿している。
リスクを受け入れて。

被害に遭えば、もちろん加害者が悪いのは当然のことであろう。
しかし、自分が蒔いた種が原因であったら?
世の中そんな甘いものではないし、善人ばかりな訳がない。

敢えて言わせて貰えば、リスクのある投稿するということは裏で何をされても仕方がないのだ。
もしこれが暴論に感じる人がいたとしたら、今一度SNSとの向き合い方を見つめ直してみてもよいかもしれない。

投稿主が了解しようがしまいが、そんな意思には関係なく
画像も個人情報もただただ広がっていく。
それが目立つものであればあるほど。

インターネット社会において、性善説は通用しない。
私達は想像力を働かせ、悪用されることを理解した上で、SNSを運用しなくてはならない。

悪用されたくないのであれば、投稿の内容を考え、立ち止まり吟味する必要がある。
ようはリスクのある画像を一切投稿せず、
個人情報を他人に漏らさなければ良いのだ。
これほど簡単なことがあるだろうか。

だがしかし、この「簡単なこと」が分からぬ人が一定数いる。
恐らくネットリテラシーについて、その歳になるまで学ぶ機会がなかったのであろう。
そして被害に遭ってから騒ぎ出す。
自分が蒔いた種だというのに。

知らず知らずのうちに哀れな被害者にならぬよう、投稿には細心の注意を払いたい。
いつどこで誰があなたを裏切り、個人情報を漏らし
悪用するか分からない。
お花畑のままでは足元をすくわれ、ひいては家族にまで不幸が及ぶ。
そのことを忘れずにいたいものだ。

あとがき

まず、この記事はインターネット社会全体に対する内容であり、ある特定の人物を指す者ではございません。
たまに自意識過剰な方が反応されるので、自意識過剰です、と先に申し上げておきます。

その上で、以前からずっと思っていたことがあります。
SNSにおける顔出し、子どもの顔出しのリスクについてです。

それを生業にしている方はともかく、様々なリスクを背負ってまで投稿するのは
むしろ見せることが生き甲斐であり喜びなのか
はたまた頭が足りないだけなのか。
私にはよく分かりません。

ゴーストにも書きましたが、顔が一部隠れていても
狭い界隈では髪型や体型、持ち物を見れば
誰が誰だか一目瞭然です。
世間は狭く、ネット上の横の繋がりは強く
全国区レベルであっという間に身バレします。
そして体型も露わなその画像は裏で何を言われているか、想像にかたくありませんね?
以前から時々呟いている、他の方の姿を徹底的に隠して投稿しよう、という主張もこの辺りにも関わっています。

世に流したら、あなたの意思には関係なく
もう二度と止められません。
怖いですよね。
怖いから私はとてもじゃないけど出来ません。
エンタメとして見る分には面白いけれど、自らリスクあるエンタメになりに行く覚悟はありません。

今回は投稿主の自撮り、身近な方の画像を想定し記事を書きましたが
第三者の写り込みも同様に細心の注意を持って扱わねばならない事柄です。
SNSって簡単なように見えて実はとても難しい。
自分自身も今一度学び直さねば、と思います。

(正直誰がどうなろうがどうでもいいけどな。
自分は気をつけるよ、写真で弄ばれるのも家族が危険に晒されるのも嫌ですから。
大切な人、家族を守れるのは他の誰でもない自分だけです)



-推し活