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推し活

古参と新参の仁義なき戦い

推し活界隈の古参と新参の仁義なき戦い

推し活に身を置く者として避けては通れないのが「新参」「古参」という言葉である。

推し活やオタ活に明るくない方に向けて説明すると、
新参(しんざん)とは文字通り界隈に新しく参入した者のことであり、
古参(こさん)とは、古くからその界隈に沼り長く参加している者のことを指す。

つまり古参が先輩、新参は後輩なのであり、そこには絶対的なパワーバランスが存在している。

新入生がイキがって先輩に楯突こうものなら潰されるのは、推し活界もヤンキー漫画も同じこと。
何も知らない小娘や青二才が知ったかをすれば嘲笑される。

中には猫も杓子も慕ってしまうような、器の大きい古参の方も存在するが、気に入らない新参を虐め優越感に浸る典型的な悪役のような古参もいる。

私が活動している界隈も例に漏れず、古参と新参がいがみ合っている場面を多く目にする。
両者は同じ「ファン」であるにも関わらず、何故かそこにはベルリンの壁ばりの、大きな隔たりがあるように感じるのだ。

中にはそんな垣根を越えて、仲良くしている方達もちろんいるが、何故両者の間にはマイナスな感情が生まれるのだろうか。

古参からしてみれば

古参とは前述した通り、古くから界隈に在籍し、推しを支え続けてきた謂わばエースである。

古参がいなければ、現在提供されているコンテンツそのものが失われていたかもしれないし
規模もここまでのものになっていなかったかもしれない。
コンテンツを育ててきた第一人者であり、知識も豊富で、新参からすればまさに尊敬に値する存在だ。

一部の古参はかけてきた時間も費用も新参の比ではないだろうし、長年に渡り冷めることなく推しを推し続けてきたという事実は、古参にとっても絶対的なプライドであろうと思う。

古参同士のコミュニティも長年培われた関係性によって均衡が保たれ、安心して活動できる場になっているのではないかと想像できる。

何故新参が嫌われるのか

では何故新参は古参に嫌われるのか。
それは一部のモラルに欠けた新参が、古参が大切にしてきたものを容易に踏み躙り
単純に増えた分母によって
これまで古参が享受できていた公式からのコンテンツを
これまでのようには得られなくなってしまっているからではないかと思う。

郷に入っては郷に従えという言葉がある通り、新参は古参の先輩方が培い大切にしてきた界隈のルールを守り
その法に触れず、品行方正に推し活をしなければならない。

しかし新参の中には、そもそも推し活、オタ活自体が初めての者も少なくない。
そのため界隈の独自のルールが分からず、ヘタをこく層が一定数存在する。
また中には一般常識すら欠如しており、界隈にどデカい爆弾を投下する新参もいる。

知らなければ学び、悔い改めれば良いわけだが
何故か素直にそれが出来ない不届者も存在する。
古参の先輩方がありがたい言葉をかけてくれたとしても、耳を貸さないのであれば、煙たがられるのは致し方ないことだ。

単純に母数が増えたことにより、古参の方がこれまで通り活動出来なくなる点については
新参としてはとても申し訳なく思う。
しかしこれに関しては、新参が出来ることは何もなく
公式が数字に基づき供給数を増やすしか解決策はないはずだ。
企業としては右肩上がりの業績を残すことは責務であるし、数字を右肩に上げていくには新規参入者、つまり新参の存在が欠かせない。
古参に飛び抜けた国家予算レベルの富豪がいるならまだしも、古参だけでは公式を支え続けることはある意味難しいのは考えるに容易い。

前者は新参が見栄や虚勢を張らず、素直な気持ちでマナーよく活動していれば
咎められることも、煙たがられることもないはずだ。

後者はまだまだ元気が有り余っている新参に自粛しろというのは酷な話で、上手く折り合いをつけてもらうしかないように思う。

そもそも古参の定義とは?

そもそも古参はなぜ「古参」たり得るのだろう。
それはただ単に、タイミングがよかっただけだと私は思う。
いかにビッグコンテンツであろうが、そもそも開始時に生まれていなければ古参には成り得ないし
成人していたとしても、人にはそれぞれタイミングというものがある。

仕事や育児、介護、病など
人生には様々な節目があり
素晴らしいコンテンツに出逢ったとしても
沼れるタイミングは人それぞれだ。

世間一般には広く知られていたとしても
「運悪く」自分は出会えていなかった、という人もいるかもしれない。

人生のいつどこで出逢い、沼れるタイミングが来るかというのは
ある意味「運」であり、それが早いか遅いかに本来は優劣はないはずだ。

SNSという承認欲求の坩堝の中では、経歴詐称ならぬ、推し歴詐称を行うものもいるらしい。
それもつまりのところ、古参が偉く上、新参が下
という思想があるから、そのような行為に至るのではないだろうか。

推し歴の重要性とは

では「推し歴」とはそれ程重要なことなのだろうか。
もちろん推しと己との歴史は、自分にとってはとても大切なものだ。
いつどのようにして出逢い、沼に落とされたのか。
推しを追いかけ足を運んだイベントの数々、それらに付随するたくさんの思い出たち。
それらはかけがえのないものであり、推しと自分とを繋ぐ大切な絆だ。
しかし同時に、それらは自分以外の他人にとっては何の価値もない、クソどうでもいい事柄でしかないとも思う。

推しとの経験と思い出が他人にとって価値を成すのは、
あくまでも経験値として
他の誰かが困っている時に手を差し伸べられる事柄でしか
「良い意味で」意味を成さないと思うからだ。

古参は圧倒的な経験と思い出の上に、確固たるプライドを持てるわけだから
その自信を胸に堂々としていれば良いのだ。
それを他者に向けて間違った方法でアピールするとただの老害と同じであるが
圧倒的な大人の余裕で
表向きだけでもどんと構えていただけたらと一新参としては切に願う。

新参からしてみれば

では、新参の立場からはどうだろうか。
新参からしてみれば、古参こそ気に食わない、という意見もあるかもしれない。

よく新参からの不満で見るのは、いわゆる「古参マウント」だ。
古参は新参が持っていない、貴重な過去のグッズや過去のイベントの写真、思い出をたくさん持っている。

界隈で何かが話題になった際、誤解を恐れずに言うならば「頼んでもいないのにこれ見よがしに」見せてくる古参が一定数いる。
それをマウントと捉え、マイナス感情を抱く新参も少なくはない。

幸なことに、筆者はマウントをマウントと気づかない能天気な性格のため、この件に関してはマウントを感じたことはないのだが、
そう感じる気持ちも分からなくはない。

様々な件について古参から寄せられるアドバイスをクソバイスと捉える新参もいるだろう。
何が悪いのか分からない、と開き直る新参をよく見かけるのも事実だ。
新参は新米なのだから、謙虚な気持ちを忘れてはいけないし
推し活人生の先輩は敬わなくてはならないだろう。

古参からの新参に対するヘイトに、自分のことではなくとも肩身の狭い思いをし
どこか畏れ多い、一歩踏み込んではいけない存在だと
古参に畏敬の念を抱いている新参も私を含め少なくないと思うが
界隈に身を置いてしばらく過ごした、あくまでも個人的な意見としては
新参が品行方正に過ごしていれば古参の先輩方は優しくしてくれることの方が圧倒的に多い。
特に私が現在活動している界隈は、作品の特徴もあるからか、優しい方が多いように感じる。
互いに尊敬や思いやりの気持ちが欠けた時、新参、古参という言葉がマイナスの方向に独り歩きをして
よくない感情を呼び起こしているようにも感じている。

仁義なき戦いを終えることは難しいが、互いに優しさを持つことはきっと出来る

新参も古参も本来はただの一ファンに過ぎないのだから、同じコンテンツを愛し推す者同士として
仲良く出来るのであれば
それに越したことはない。

両者に配慮した建前も色々と並べたが
私個人の本音としては
新参と古参の間にはどちらが偉い、上と下ということはなく
皆同じ位置に横並びになっているちっぽけな存在に過ぎないと思っている。
偉大なのは推しと推しを供給してくれる公式なのであり、我らは皆ただのファンなのだから。

推し方が違えば発信する内容も、作品に向かうスタンスも異なるのは当たり前のことだが
そこに「推し歴」や「SNSでの承認欲求」が絡むことで、より事態が複雑になっているようにも感じる。
人気のコンテンツであればある程、人間関係も複雑多岐に渡るだろう。
本来推しのことでいっぱいにしておきたいこの頭を、余計なことで煩わされるのはとても面倒で厄介だ。

結局のところ、古参新参に関わらず
ファンとしての品位を保つのはその人個人個人の人間性なのだと思う。
自分とは推しに向き合うスタンスも考え方も異なる人が現れた時、
それを敵視し、否定する必要はどこにもないのでは、と私は思う。
例えそれが推し歴詐称や古参マウントであったとしても。
そんなものは見えないところで鼻で笑って見逃しておけばよいのだ。

仁義なき戦いを終えることは難しいと思うが
己の向き合い方、考え方を大切に
でもそれを他者に押し付けることはせず
考えの相違があったとしても、一歩離れた場所から優しさを持ってより広い視点で
推しとの暮らしを楽しんでいられるように心掛けたいものだ。

あとがき

私は界隈では新参です。
SNSを楽しんでいると、あーでもないこーでもないと
今回のテーマにした「新参」「古参」に関わらず
様々なヘイトに出会います。

新参の身としては、古参の方からそう言われるとこれってどうなの!?と不安になることも多いのですが
はっきり言って古参だろうが新参だろうが
私が興味があるのはイケてる推しだけなので
どーでもいいです。

そもそも古参という言葉は他者が尊敬の念を込めて認め使うものだと思うし
新参とは、新規参入者が謙遜して使う言葉だと思っています。

推し歴だってとても曖昧なものですよね。
第一話から読んでいても、アニメ第一話から見ていてもイベントに参加していなければ新参?
全て網羅していて初めて古参?
どれも定義が曖昧でファンが勝手にあーだこーだ言ってるだけです。

ちなみにこういう記事を書いている時は界隈の騒動を面白おかしく見守っています。
(こういうこと言うからブロックされる)

どれも本当にくだらない。
みんな仲良くしようぜ。

皆、楽しくオタ活、推し活、推しの追っかけ楽しもうね。



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