
私にはSNSにおいて、以前から理解できない投稿がある。
それは中古ショップやイベント会場、小売店などの店頭の写真を撮り、「誰か欲しい人いますか?」と募る投稿である。
直接募集はせずとも、やたら商品棚を撮影し
コメント欄で「よかったら代行出来ますよ」というやり取りをしているケースも見かける。
そもそもが、私はオープンな代行には否定的な立場で、代行は暇な人間だけができる崇高な遊びの一種だと思っている。
毎日忙しく、己と家族のことで精一杯な私にとって
見ず知らずの人の分まで優しさや自己犠牲の愛をもって臨む代行は理解不能なことだからだ。
今日もとある投稿を見かけた。
スレ主の投稿を遡って見てみると、中古ショップの写真がやたらと多い。
もしかしたら彼女は、中古ショップを巡り
撮影しSNSに載せることが生き甲斐なのかもしれない。
市場の価格に見合っていない商品が並んでいた場合、その投稿を見て手に入れたいと思う人も少なくないだろう。
そういう人たちのコメントは、すぐに手に入れられる環境にいる自分にとっては快感だろうし
代行を頼まれでもしたら
誰かに必要とされ縋られる感覚がまた、喜びに繋がるのだろうと推測する。
側から見ていると、この人は
SNSと中古ショップや店舗を介して
他人に認められ、求められたいのかと思えて仕方がない。
確かに店頭の写真を載せる行為は
許可されている店であれば誰にも迷惑をかけず
情報提供という意味ではどこかの誰かの役に立っているのかもしれない。
代行も、あなたに迷惑はかけていませんよね?と言われればそれまでである。
だが、これ程までに違和感を覚えるのは何故だろう。
彼女の年齢は私よりは遥かに上のようだが、私の思い描く理想の世代と比べて
彼女の行為は到底憧れにも尊敬にも値しないものだからなのかもしれない。
古物商許可の有無についても、初めから転売目的で他人の為に購入するのであれば
引っかかってくるケースがあるように思う。
そのあたりのグレーなラインも私の違和感に繋がっているのかもしれない。
毎日を忙殺されているよりも、誰得なのか分からない投稿や代行業に勤しめることは
良いことなのだろうとは思う。
しかし私は微塵も彼女のようにはなりたくはない。
年齢に見合った想像力で、歪んだ承認欲求に振り回されぬように歳を重ねたい。
そんなことを思った休日の昼下がりなのであった。
あとがき
中古ショップを利用した代行業は以前からSNSで時々目にしていました。
「代行業」といっても、恐らく彼・彼女らは親切心から行動しており
利益になるような金額は取っていないのでしょうが
それが尚更私には理解できず
いつも何故こんなことをしているのだろう、という想いで見つめています。
仕事なら分かる。
しかしそうでもなさそうだ。
人の為に立ちたいという想いからのSNSボランティアの一種なのか。
謎は深まるばかりです。
人のための行動なんてクソくらえ、自分のことだけで精一杯じゃと思って生きている私には到底理解できない
崇高な考えがそこにはあるのでしょう。
ですがまぁ、本音を言えば「暇なんだね?」としか思っていません。
そんなにも暇で本当にうらやましい。
見ず知らずの人の分まで代行できるなんて。
そんな暇も余裕も、私の人生には1分もないからです。
あとは、古物商許可って大丈夫なのかな。
自分の為に買ったものを売る分には問題ないはずですが、彼女らは初めから他人の為に買っているわけで。
利益が出ておらずとも若干問題があるように思えてならない。
界隈ではよく「お譲り」という言葉が使われていますが、あれって「転売」に他なりませんよね。
古物商許可、気になるなぁ。誰か教えて。
とにもかくにも、いつか代行ヤーに出会える機会に恵まれたらなら
何故そんなことをしているのか聞いてみたい。
面白い答えが返ってくることを願って。